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東京地方裁判所 平成8年(ワ)1046号 判決

本訴原告

曽根久美子

本訴原告・反訴被告

日浦正人

本訴被告・反訴原告

髙橋利光

主文

一  本訴被告は、本訴原告曽根久美子に対し、金九六万八四九八円、同日浦正人に対し、金四万一〇六二円及びこれらに対する平成七年三月二〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴被告は、反訴原告に対し、金三〇万四七八六円及びこれに対する平成七年三月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  本訴原告ら及び反訴原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴ともに、これを五分し、その二を本訴原告らの負担とし、その余は本訴被告の負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  本訴事件

1  本訴被告は、本訴原告曽根久美子に対し、一六三万〇八三一円、本訴原告日浦正人に対し、一〇万七七八〇円及びこれらに対する平成七年三月二〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用の本訴被告の負担及び仮執行宣言

二  反訴事件

1  反訴被告は、反訴原告に対し、七九万一九六七円及びこれに対する平成七年三月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用の反訴被告の負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、信号機により交通整理の行われている交差点において車両同士が衝突した交通事故により、損害を受けた被害者が、互いに相手方の運転者に対し、損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実及び証拠上容易に認定できる事実

1  本件交通事故(以下「本件事故」という。)の発生

事故の日時 平成七年三月二〇日午前五時一五分ころ

事故の場所 東京都練馬区下石神井二―三先交差点路上(別紙現場見取図参照。以下、同図面を「別紙図面」といい、同交差点を「本件交差点」という。)

関係車両1 普通乗用自動車(練馬五四は七八〇一。以下「日浦車両」という。)

所有者 本訴原告曽根久美子(以下「原告曽根」という。)

運転者 本訴原告・反訴被告日浦正人(以下「原告日浦」という。)

関係車両2 普通乗用自動車(川崎五六ひ三九一五。以下「髙橋車両」という。)

所有者・運転者 本訴被告・反訴原告髙橋利光(以下「被告髙橋」という。)

事故の態様 日浦車両の左側面部と髙橋車両との前部が出会い頭に衝突した。事故の詳細については当時者間に争いがある。

2  本件交差点における対面信号機の表示サイクル(一五五秒サイクル)は、次のとおりである(甲四)。

原告日浦側 青色七四秒、黄色四秒、全赤四秒、赤色七三秒

被告髙橋側 赤色七八秒、全赤四秒、黄色点滅二二秒、黄色三秒、赤色四八秒

三  本件の争点

本件の主要な争点は、本件事故態様であり、互いに相手方の信号無視を主張し、その責任を争つている。

1  本件事故態様及び責任原因

(一) 原告らの主張

(1) 被告髙橋は、髙橋車両の所有者であり、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき、原告曽根に生じた損害を賠償すべき責任がある。

(2) 本件事故は、原告日浦が対面する青色信号に従い、本件交差点に進入したところ、髙橋車両が赤色信号を無視して本件交差点に進入したことにより発生したものであるから、被告髙橋には、信号無視の過失があり、被告髙橋は、民法七〇九条に基づき、原告日浦に生じた損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告の主張

本件事故は、髙橋車両が対面する黄色点滅信号に従い、本件交差点に進入したところ、日浦車両が赤色信号を無視して本件交差点に進入したことにより発生したものであるから、原告日浦には、信号無視の過失があり、原告日浦は、民法七〇九条に基づき、被告髙橋に生じた損害を賠償すべき責任がある。

2  損害額

(一) 原告曽根

(1) 修理代 一四八万〇八三一円

(2) 弁護士費用 一五万〇〇〇〇円

(二) 原告日浦

(1) 治療費 三万一七七〇円

(2) タクシー代 二万六〇一〇円

(3) 慰謝料 四万〇〇〇〇円

(4) 弁護士費用 一万〇〇〇〇円

(三) 被告髙橋

(1) 修理代 七一万一九六七円

(2) 弁護士費用 八万〇〇〇〇円

第三争点に対する判断

一  本件事故態様について

1  前記争いのない事実に、甲三ないし五、乙一の1ないし3、二、原告日浦本人、被告髙橋本人、弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 本件事故現場付近の状況は、概ね別紙図面のとおりである。

本件交差点は、青梅街道方面から中村橋駅方面に向かう千川通りと、保谷市方面から中野方面に向かう新青梅街道(幅員約一〇メートルで中央線が設けられている。)と、下石神井六丁目方面から早稲田通り方面に向かう道路(幅員約三・八メートル)とが交差する、信号機により交通整理の行われている交差点(六差路)である。

本件交差点における本件事故当時の交通量は、早朝で少ない。

本件事故当日は、晴天であり、本件事故後、本件事故現場付近にスリツプ痕は認められなかつた。

本件事故は、警視庁石神井警察署において、物損事故として処理され、本件事故の直接の目撃者はないものとして扱われた。

(二) 原告日浦は、通勤のため、日常的に本件交差点を同じ時間帯に通行し、本件道路の状況はよく知つていたが、本件事故当日、日浦車両(ヘツドライトを点灯)を運転し、新青梅街道の保谷市方面から本件交差点を中村橋駅方面に左折するつもりで第一車線を進行し、本件交差点に差し掛かつた際、対面信号機の表示が青色であつたため、そのまま停止せず、時速約三〇キロメートルに減速しながら、本件交差点に左折進入したところ、別紙図面の〈C〉地点において、左方から進入してきた髙橋車両の前部が日浦車両の左側面ドア付近に衝突した。日浦車両は、衝突後、同図面の〈D〉地点に停止した。

原告日浦進行道路から左方の見通しは悪く、原告日浦は衝突まで髙橋車両に気づかなかつた。

本件事故により、原告日浦は、頭部打撲、頸椎捻挫の傷害を負い、加療約七日の診断を受けたほか、日浦車両は、左フロントフエンダー、左フロントホイルハウス、左フロントドア、左リアドア等の左側面部が損傷した。

(三) 被告髙橋は、スキーからの帰途、自宅に戻るため、髙橋車両(ヘツドライトを点灯)を運転し、一時停止をした後、下石神井六丁目方面から早稲田通り方面に向かい、一方通行路を時速約一〇キロメートルで進行中、停止線を越えた直後、別紙図面の〈ウ〉地点において、突然、髙橋車両のボンネツトが持ち上がるような衝撃を感じるとともに、黒いものが横切つたような気がしたため、すぐにブレーキを掛けた後、髙橋車両から下りて確認したところ、日浦車両と衝突していた。髙橋車両は、衝突後、すぐ停止した。

被告髙橋進行道路から右方の見通しは悪く、被告髙橋は衝突までの日浦車両に気づかなかつた。

本件事故により、髙橋車両は、フロントバンパーカバー、ラジエターグリル、ヘツドランプ、フード、フロントフエンダー等が損傷した。

()本件事故の態様について

本件事故の直接の目撃者はなく、双方の運転者は、自らは対面信号機の表示に従つたと述べ、互いに相手方の信号無視を主張するので、この点について検討する。

原告日浦は、本件交差点に進入するに当たり、対面信号機は青色を表示していたと述べるにとどまり、いつの時点で青信号であつたかという点についての供述は必ずしも明確でないものの(なお、甲四の原告日浦供述では、停止線通過時も青色であつたとするが、これを裏付ける的確な証拠はない。)、前認定のとおり、本件交差点に至るまで停止せずに来ており、同交差点に差し掛つてからも、一度も停止しないまま、本件交差点に進入したことが認められる。

これに対し、被告髙橋は、停止線で一時停止した後、対面信号機が赤色から黄色点滅表示に変わつてから発進したと述べるが、本件交差点の信号表示サイクルは、日浦車両については、黄色四秒の後、全赤が四秒あり、日浦車両の速度が時速約三〇キロメートル(秒速約八・三三メートル)であるとすれば、少なくとも四秒間に約三三・三二メートル進行することになるから、別紙図面及び甲四の現場写真から窺われる、日浦車両の進行経路等(本件交差点の距離関係は、必ずしも明確でないが、甲四の現場写真等から推測すれば、日浦車両の停止線付近から衝突現場までの距離はおよそ三〇メートル程度とみられる。)に照らすと、日浦車両は、赤色信号の後、やや間があつてから本件交差点に進入したのでないかぎり、本件事故は生じないことになるが、そのように解することは、進行中の車両の走行態様に鑑み、不自然であるというべきである。

ただ、本件事故について、弁論の全趣旨によれば、本件事故が信号の変わり目付近で生じたことが認められ、右のような事情に加え、本件交差点が前認定のとおり、六差路の大きな交差点であり、本件事故発生時刻が早朝であつて、交通量がそれほど多くなかつたとはいえ、信号無視がさほど容易に行われるとは想定しにくいこと、本件事故が髙橋車両が本件交差点に進入した直後に発生していること等に照らすと、本件事故発生当時の対面信号機の表示は、日浦車両側、髙橋車両側ともに赤色であつたものと推認され、他にいずれの主張についても、これを裏付けるに足りる的確な証拠はない。

2  右の事実をもとにして、原告日浦、被告髙橋の過失について検討する。

(一) 本件事故は、信号機により交通整理の行われている交差点における車両同士の事故であり、道路を通行する車両としては、信号機の表示する信号に従わなければならない義務があるというべきところ(道路交通法七条)、前認定事実によれば、日浦車両、髙橋車両ともに、対面信号機の表示に従わなかつた過失があり、そのため、本件事故が生じたというべきである。ただ、前認定事実によれば、日浦車両が先入していることは明らかであり、また、髙橋車両進行道路の対面信号機は、赤色のほか、黄色点滅と黄色しかなく、仮に髙橋車両が黄色点滅で進行するにしても、他の交通に注意しなければならないというべきところ、前認定事実によれば、本件事故当時、右方の確認が十分でなかつた点についても過失がある。

(二) そして、原告日浦、被告髙橋の双方の過失を対比すると、その割合は、原告日浦四〇、被告髙橋六〇とするのが相当である。

二  責任原因

1  原告日浦は、前記一2(一)の過失により、本件事故を引き起こしたものであるから、民法七〇九条に基づき、被告髙橋に生じた損害を賠償すべき責任がある。

2  被告髙橋は、前記一2(一)の過失により、本件事故を引き起こしたものであるから、原告曽根に対しては自賠法三条に基づき、原告日浦に対しては民法七〇九条に基づき、いずれも原告らに生じた損害を賠償すべき責任がある。

三  損害額

1  原告曽根

修理代(甲三) 一四八万〇八三一円

2  原告日浦

(一) 治療費(甲二の1、2) 三万一七七〇円

(二) タクシー代 認められない。

原告日浦本人によれば、通院治療のためでなく、通勤のためタクシーを利用したというのであり、他の支出の必要性を認めるに足りる証拠がない。

(三) 慰謝料 二万〇〇〇〇円

原告日浦の傷害の部位程度、通院期間(一日)、その他本件に顕れた一切の事情に鑑みると、原告日浦の慰謝料としては、二万円とするのが相当である。

(四) 右会計額 五万一七七〇円

3  被告髙橋

修理代(乙一) 七一万一九六七円

四  過失相殺

前記一2(二)の過失割合に従い、前記三の損害額から原告ら(原告日浦本人により、原告曽根は、原告日浦と身分上ないし生活関係上一体をなすものとみられるから、原告日浦の過失は、原告曽根についても斟酌すべきである。)につき四〇パーセント、被告髙橋につき六〇パーセントを減額すると、その残額は、原告曽根が八八万八四九八円、同日浦が三万一〇六二円、被告髙橋が二八万四七八六円となる。

五  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過及び認容額、その他諸般の事情に鑑みると、本件訴訟追行に要した弁護士費用は、原告曽根が八万円、同日浦が一万円、被告髙橋が二万円とするのが相当である。

六  認容額

原告曽根 九六万八四九八円

原告日浦 四万一〇六二円

被告髙橋 三〇万四七八六円

第四結語

右によれば、本訴原告曽根の請求につき、九六万八四九八円、同日浦の請求につき、四万一〇六二円、反訴原告の髙橋請求につき、三〇万四七八六円及びこれらに対するいずれも本件事故の日である平成七年三月二〇日から支払済みまで各民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余の本訴請求及び反訴請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項本文を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 河田泰常)

現場図

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